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- STYLE - YASUHIRO YAMANE / Y2-DIARY

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Posted on 2025/10/23/
皆さん、お疲れさまです。

今日は、
冬のスポーツのひとつ。
「フュギュアスケート」の話。

ここ数年は、
「フュギュアスケート」の世界で
日本人選手がたくさん活躍しています。

その「フュギュアスケート」ですが…
どうして「フュギュア」と呼ばれるのか?

実は、
「フュギュア」とは、
ズバリ英語で「図形」という意味の
「FIGURE」から来ています。

言い換えれば…
フュギュアスケートは、
「氷の上に図形を描く」競技なんですね。

すなわち、
スケート靴で滑った跡(トレース)の図形を、
氷上に正しく描けるかを競っていたわけです。

ちなみに、
図形を描く競技は「コンパルソリー」
という種目として現在も残っていますが…
世界選手権やオリンピックでは行なわれていません。

そこで話を戻しますが…
もともと図形を描いていた
「フュギュアスケート」に、踊りを持ち込んだのは
アメリカのバレエ教師だった「ジャクソン・ヘインズ」

彼は、
バレエの仕事で何度もヨーロッパに渡っているうちに
たまたまスケートで図形を描いている人を見て
「氷の上でバレエを踊ってみたら良いんじゃないか?」
と、思いついたそうです。

そして、
1860年代、音楽伴奏と共に
ダンスの動きを取り入れた
フュギュアスケートは、格段に発展。
これが、今のフュギアスケートの原型となります。

その後、
1892年には、
ヨーロッパで国際スケート連盟が発足。
1896年には、
世界選手権大会が開催されました。

また、
日本でフュギュアスケートが
知られるようになったのは、1865年。
海外新聞に掲載された記事がきっかけとなりました。

ただ、1900年当時は、
日本でスケート靴が簡単に手に入らないこともあって
竹草履などを改良した「下駄スケート」が
日本スケートの原型でした。

それからも
太平洋戦争までのフュギュアスケートは、
ヨーロッパ勢のものとして
他国とのレベル差は歴然でしたが…
戦後には
ソビエト勢、北米勢が大頭となり
近年、アジア勢が活躍するようになりました。

いや~なんとも
華麗な「フュギュアスケート」ですが…
もともとは、
美しい演技もなく、
黙々と
「氷の上に図形を描く」競技だったわけです。
フュギアスケートに歴史あり。
はい~…。

では、
ひとまず!
今日が、皆さんにとって
素敵な1日になりますように…。    YASUHIRO